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2008-03-28

桑田が突然の引退表明、ちょっと驚きました。

もちろん、限られた25人ロースターの席を得るのはかなり困難であることは予想していました。しかもチームは低迷の続くパイレーツ。将来ある若手をどんどん登用したいというのは自然の流れ。

やっぱり同じ力か、あるいは桑田が少々上回っていたとしても、これから伸びしろのある若手を選ぶというのはチームにとって、とてもリーズナブルなことでしょう。

それでも、もう一度メジャーで投げて欲しかったなー。

当時強打を誇った無敵の池田高校をねじ伏せて一躍名を挙げてからもうすぐ25年が流れようとしている・・。清原はまだ何とか現役を続けているけれども、確実に一つの時代が終わったような感があります。同世代の僕にとっても寂しい限り。

若い頃は「投げる不動産屋」などと揶揄されたり、キャリアのピークで肘の故障に見舞われたりと、いろいろな逆風に耐えてきたことも、結果的に彼の味を深めたのでしょう。

「巨人の桑田」であったことが長かったため、あまり応援をする機会はなかったけれど、今となってはとても名残惜しい感じがします。
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Comment

zu-ねー : 2008-03-30(Sun) 00:48 URL edit
桑田、とうとう引退ですね。
甲子園、巨人時代は、天才というイメージで見ていました。
でも、まったく正反対で、地道な努力家であったことを知り、大リーグに入ってから改めてファンになりました。
残念でなりません。KKコンビの甲子園時代、日大山形戦が忘れられません。
なむぞう : 2008-04-01(Tue) 23:22 URL edit
あれは桑田・清原が3年の最後の甲子園でしたね。相手は僕も日大山形と思いこんでいたのですが調べてみたら東海大山形でした。部活の練習の帰りに(暑い日だった・・)ラジオで聞いたのですが、いつまでもPLの攻撃が終わらなくて東海大山形の選手が気の毒だったのを覚えています。実はピッチャーが故障していたのも、後で報道されていましたね。最後は清原までマウンドに上がったのでした。東海大山形は29点取られたけれど、PLから7点取ったというのは大したもの。それにしても、あのときの甲子園は見ていて楽しかった。

Number の700回記念号にいろいろな選手の名言が特集されているのですが、その中で桑田が3年前に引き際について、「やめる時はね、そういう風が吹くんですよ。神様が背中を押す風を吹かせてくれるはずなんです。」と語った言葉が紹介されています。今回はきっとその風を感じたんですね。
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